地方で生きるということ

「都会」か「地方」か。

 

人生において、この選択に迫られる時期がある。あの頃、もしも彼のような出会いを経験していたら、私の人生もまるごと変わっていたのではないだろうか。

 

ある日、三本日和に一人の若者がやってきた。福井出身、東京の大学に通う青年で、これから就職活動が始まるという。いつかは地元に戻って、この町を守り、発展させたい。けれど、都会で経験を積んでからUターンした方がスキルアップを望めるのではないか。都会か地方か、今か数年後か。アドバイスを求められた。

 

 

彼の経歴を考えると、どちらの道も前途洋々。眩しくてクラクラしそうなほど輝かしい瞳。こういう若者に、故郷に戻ってきてほしい。けれど、それは今でなくてもいいのかもしれない。都会で経験を積んでからでも遅くはないのかもしれない。どうアドバイスしたらいいのだろうと考えながら彼の話を聞いていた、その時だった。あの御仁が店にふらりとやってきた。

 

「どうや調子は〜?」

 

いつもお世話になっている、Rの森/O牧場の主である。これはいいところに来てくれた。悩める青年を紹介し、アドバイスを求めた。すると、よどみない口調で明朗な答えが返ってきた。

 

「『これだ』と思えるやりたい事がすでに見つかっている、もしくは自分の能力に自信があるのであれば田舎で働けばいい。けれど、まだやりたいことが見つからない、まだ自分に自信がないのであれば都会にいた方がいい」

 

「都会には仕事がたくさんあるから、それなりの暮らし、人並みの生活を送ることができる。失敗しても、他の仕事を探してやり直すこともできる。けれど田舎は、そうはいかない。一つの能力だけ抜きん出ていても厳しい。田舎では幅広い能力が必要だし、失敗してもゼロからやり直すことは難しい。どうだ、君は何かやりたいことがあるのか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私はもやが晴れるような気持ちになった。若い頃は真逆のことを考えていた。けれど、都会から田舎に戻り、時々は都会と関わりながら暮らしていると、そうじゃないことがどんどん見えてきた。若い時に都会から田舎へと移り住み、ゼロから暮らしを築き、まっすぐに一本の道を歩んできた人の言葉は重い。昨今、田舎への移住がもてはやされているが、半世紀近く前に都会から移住してきた人の言葉は、これほど真をついているのか。

 

その青年も、私と同じ気持ちだったようだ。純粋で素直な青年は、一之さんの言葉を豊かな感性で余すことなく吸収しているようだった。

 

「僕、いま鳥肌がたっています!これまで、逆のことを言われていたし、自分も逆だと思ってきました。でも、今の言葉が一番響いたし、ストンと納得できました。今日、ここに立ち寄って良かったです!!」

 

 

近ごろ「地方の暮らし」に注目が集まっている。それは、社会にとって非常に良いことだと思っている。しかし、私はどこかモヤモヤするものを感じていた。地方ブームの高まりに比例して、乱立する「地方創生」や「田舎賛美」への違和感。けれどスッキリした。合点がいった。「地方で生きる」ということは、つまり、そういうことなのだ。無論、都会と田舎、人間の能力や経験値に差があると思っているわけではない。大切なのは、それぞれの地の暮らし方、生き方に、長期的な視点で目を向けること。「都会のノウハウを田舎に持っていって、地方を元気にしてあげよう」という姿勢では、循環型社会には辿り着けない。

  

みるみる瞳が輝き始め、晴れ晴れとした表情に変わっていく青年に、御仁はさらにこう続けた。

 

「君は外国には行ったことがあるんか?ないんか?一年ぐらい行ってくるといいぞ。俺は二十歳ぐらいの時に一年ほど行って、その時に分からなかった謎を、数十年かけて解き続けているんや。やっと疑問の答えが見えてきて、その答え合わせを一生かけてするのが面白いんや」

 

雷に打たれたかのように大きな瞳を見開いて、青年は嬉しそうに笑った。

「そうなんです、僕、まだ海外に行ったことがなくて。そうなんですよ!」と。

 

私は「今日、このタイミングでこうして会えるなんて、君はラッキーだよ!運も実力のうちだよ。よかったね!」と青年を叱咤した。どこか羨ましい気持ちを抱きながら……。数年後、彼が再び店を訪れた時、どんな人生を選択したのか聞いてみたい。あの日のことを話しながら、お酒でも飲めたらいいなと思っている。

 

そして、大学3年の春に一之さんに出会っていたら私の人生はちょっと変わっていたんじゃないだろうかと、少し羨ましい気持ちになった。帰宅後、そう夫に伝えたら、

 

「HさんやFさんも、同じだったんだろうね。多感な高校生の時に出会ったんだから、そりゃ人生変わるよね」

 

と夫。そうか、なるほど。一期生と二期生の青年時代を想像しながら、やっぱり羨ましくてフフフと笑った。「地方の暮らし」は、挑み甲斐のある謎に満ちている。あの青年の謎ときゲームは、まだ始まったばかりだ。