金継ぎ教室 2017.春レポ1~3「刻苧漆は汐雲丹?!」

レポート1〜3「刻苧漆は汐雲丹?!」

3・4月の2ヵ月間、週1ペースで開講中の三本日和の金継ぎ教室。1クール6レッスンとなっており、時間をかけて少しずつ器を継ぎながら完成を目指していきます。金継ぎに焦りは禁物。漆を塗り、余分な部分を削り、また漆を塗る。少しずつ漆を塗り重ねて、徐々に器を修復します。

気がつけば3レッスンが終わり、折り返しとなりました。前半は形の修復作業が中心です。パックリ割れていた器が元の姿を取り戻し、口縁の欠けがピタリとはまってきました。割れた器が道具として再び蘇ると、気分がスッキリしてストレス解消になります。個人的な感想ですが。

 

毎回とても和やかで楽しい雰囲気のなかで金継ぎを学んでいます。先生である名雪園代(なゆきそのよ)さんが持つふんわりとしたやわらかな空気感が、そのまま教室のカラーになっています。時おり皆で笑いながら、おしゃべりしながら、真剣に手を動かす皆さん。気がつけば夢中で作業に没頭しています。


そして、参加者も個性派ぞろいの豪華メンバーです。我ながら、よくぞこれだけのメンバーを揃えたなと自画自賛したくなるような素敵な方ばかり。
三国在住の方が多いので、会話は園代先生に三国の良さをアピールする、という流れに自然となっていきます(笑)。そのなかで、私自身も知らなかった三国の歴史や文化を教えていただくことも。

 

器の話が湊町文化につながり、そこからディープな三国の魅力をたっぷり教えてもらえる。毎回、新たな発見があり、本当に楽しいです。金継ぎ文化に惹かれて集まった方々なだけに、文化認識も共通するところが多い。三國の重鎮がこれだけ集まると爽快です。私なんか、まだまだヒヨッコだわ。 

 

 

 

例えば、ある日の回。金継ぎの過程で「刻苧」と呼ばれるパテを作って継いでいくのですが、それを見た参加者の方が、


「汐雲丹みたいやな!」と表現。


汐雲丹といえば、日本三代珍味の一つ。三国の特産品です。

それを聞いた園代先生は
「え?シオウニって何ですか?刻苧をシオウニと言われたのは初めてです!」と興味津々。広島出身の先生には、シオウニでは伝わりません。そこから、汐雲丹とは何ぞやの話が始まり、粉わかめや岩のり(すがも)などの三国の特産品の数々が話題にのぼりました。ああ、面白い。金継ぎで修復した器に汐雲丹を盛って一杯やりたいですねぇ。


ちなみに参加者の半数以上は県外出身者なんですけどね。

 

第3回目の日、ちょうど園代先生のバースデーでした。桜のロールケーキでプチ御祝い。喜んでいただけたようで良かったです。三本指の意味は内緒です。あ、三本日和の三本ということにしておこう。

そんなこんなで金継ぎ教室の前半クールが終了。来週は4回目。後半は、金粉や漆で化粧に突入していきます。センスが問われる回となりそう。楽しみだな〜。

店主



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地方で生きるということ

「都会」か「地方」か。

 

人生において、この選択に迫られる時期がある。あの頃、もしも彼のような出会いを経験していたら、私の人生もまるごと変わっていたのではないだろうか。

 

ある日、三本日和に一人の若者がやってきた。福井出身、東京の大学に通う青年で、これから就職活動が始まるという。いつかは地元に戻って、この町を守り、発展させたい。けれど、都会で経験を積んでからUターンした方がスキルアップを望めるのではないか。都会か地方か、今か数年後か。アドバイスを求められた。

 

 

彼の経歴を考えると、どちらの道も前途洋々。眩しくてクラクラしそうなほど輝かしい瞳。こういう若者に、故郷に戻ってきてほしい。けれど、それは今でなくてもいいのかもしれない。都会で経験を積んでからでも遅くはないのかもしれない。どうアドバイスしたらいいのだろうと考えながら彼の話を聞いていた、その時だった。あの御仁が店にふらりとやってきた。

 

「どうや調子は〜?」

 

いつもお世話になっている、Rの森/O牧場の主である。これはいいところに来てくれた。悩める青年を紹介し、アドバイスを求めた。すると、よどみない口調で明朗な答えが返ってきた。

 

「『これだ』と思えるやりたい事がすでに見つかっている、もしくは自分の能力に自信があるのであれば田舎で働けばいい。けれど、まだやりたいことが見つからない、まだ自分に自信がないのであれば都会にいた方がいい」

 

「都会には仕事がたくさんあるから、それなりの暮らし、人並みの生活を送ることができる。失敗しても、他の仕事を探してやり直すこともできる。けれど田舎は、そうはいかない。一つの能力だけ抜きん出ていても厳しい。田舎では幅広い能力が必要だし、失敗してもゼロからやり直すことは難しい。どうだ、君は何かやりたいことがあるのか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私はもやが晴れるような気持ちになった。若い頃は真逆のことを考えていた。けれど、都会から田舎に戻り、時々は都会と関わりながら暮らしていると、そうじゃないことがどんどん見えてきた。若い時に都会から田舎へと移り住み、ゼロから暮らしを築き、まっすぐに一本の道を歩んできた人の言葉は重い。昨今、田舎への移住がもてはやされているが、半世紀近く前に都会から移住してきた人の言葉は、これほど真をついているのか。

 

その青年も、私と同じ気持ちだったようだ。純粋で素直な青年は、一之さんの言葉を豊かな感性で余すことなく吸収しているようだった。

 

「僕、いま鳥肌がたっています!これまで、逆のことを言われていたし、自分も逆だと思ってきました。でも、今の言葉が一番響いたし、ストンと納得できました。今日、ここに立ち寄って良かったです!!」

 

 

近ごろ「地方の暮らし」に注目が集まっている。それは、社会にとって非常に良いことだと思っている。しかし、私はどこかモヤモヤするものを感じていた。地方ブームの高まりに比例して、乱立する「地方創生」や「田舎賛美」への違和感。けれどスッキリした。合点がいった。「地方で生きる」ということは、つまり、そういうことなのだ。無論、都会と田舎、人間の能力や経験値に差があると思っているわけではない。大切なのは、それぞれの地の暮らし方、生き方に、長期的な視点で目を向けること。「都会のノウハウを田舎に持っていって、地方を元気にしてあげよう」という姿勢では、循環型社会には辿り着けない。

  

みるみる瞳が輝き始め、晴れ晴れとした表情に変わっていく青年に、御仁はさらにこう続けた。

 

「君は外国には行ったことがあるんか?ないんか?一年ぐらい行ってくるといいぞ。俺は二十歳ぐらいの時に一年ほど行って、その時に分からなかった謎を、数十年かけて解き続けているんや。やっと疑問の答えが見えてきて、その答え合わせを一生かけてするのが面白いんや」

 

雷に打たれたかのように大きな瞳を見開いて、青年は嬉しそうに笑った。

「そうなんです、僕、まだ海外に行ったことがなくて。そうなんですよ!」と。

 

私は「今日、このタイミングでこうして会えるなんて、君はラッキーだよ!運も実力のうちだよ。よかったね!」と青年を叱咤した。どこか羨ましい気持ちを抱きながら……。数年後、彼が再び店を訪れた時、どんな人生を選択したのか聞いてみたい。あの日のことを話しながら、お酒でも飲めたらいいなと思っている。

 

そして、大学3年の春に一之さんに出会っていたら私の人生はちょっと変わっていたんじゃないだろうかと、少し羨ましい気持ちになった。帰宅後、そう夫に伝えたら、

 

「HさんやFさんも、同じだったんだろうね。多感な高校生の時に出会ったんだから、そりゃ人生変わるよね」

 

と夫。そうか、なるほど。一期生と二期生の青年時代を想像しながら、やっぱり羨ましくてフフフと笑った。「地方の暮らし」は、挑み甲斐のある謎に満ちている。あの青年の謎ときゲームは、まだ始まったばかりだ。

 

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平成28年度ふるさとづくり大賞の総務大臣賞受賞

三國會所が先日、平成28年度ふるさとづくり大賞の総務大臣賞(団体表彰)を受賞しました。昨年末のFBC輝き大賞に続いての栄誉です!素晴らしい!三國湊が新たな局面を迎えていると肌で感じます。

 

私が三国の町づくりに関わるようになって15年近くになりますが、三本日和のガラス窓から町を眺めていると、これまでと違う町の姿が見えるようになりました。その一つが三國會所の在り方。

 

三國會所の事務局は、三本日和のお向かいにある三國湊町家館内にあります。毎日、町づくりに関わっている人、三国のおじさま達が入れ替わり立ち替わりやってきます。仕事をリタイヤした年齢の方もいれば、働き盛りの世代もチラホラ。

 

最も人がやってくる時間帯は午後4時ころ。おじさま達が狭い事務所に集まり、ああでもないこうでもないと話しています。くだらない話をしたり、真面目な話をしたり、いろいろ。

 

そんな様子を見ていると、私は新米会社員時代を思い出します。本社100人程、海外の工場を合わせると1000人規模の中小企業でした。仕事の合間に給湯室で息抜きしていると、上司や隣の部署の課長部長がやってきました。会社で唯一の総合職採用女子だったこともあり生意気だった私を面白がって、おじさま達はいろいろな話をしてくれました。

 

給湯室に足を運ぶピークは午後4時ころ。あと一息で午後5時が見えてくる、一服したい時間帯です。面白おかしいエロ話に上手く乗っかったりあしらったり。くだらない話と思っていると、実は大事なプロジェクトの話なんてことも。ふざけているかと思いきや、仕事がスムーズに運ぶように、部署間で根回ししていることもしばしばでした。それは、多種多様な人々が属している組織だからこそ必要な仕事術。

 

夕方の三國會所は、まさにそんな感じ。午後4時、くだらない話をしているかと思いきや、実はプロフェッショナルな側面も。それぞれが忙しい仕事の合間をぬって立ち寄り、阿吽の呼吸で要件を伝え去っていく。

 

なんだか、自由な風土の企業みたい。

事務局はさしずめ、総務の給湯室と言ったところかしら。

 

三國湊町家プロジェクトや帯のまち流し。並行して進む様々なプロジェクトを統括する事務局は、総務部と給湯室を兼ねた場所。となると、あの委員会は会社でいうところのあれで、近所のおばちゃんはあれで、住民は株主みたいなものかしら。そんな視点を持つと町づくりの見え方が変わり、今の三國湊に何が必要なのか見えるようになってきます。

 

 

私も事務局にちょいちょい顔を出します。仕事外の相談事を持ち込むことも少なくありません。私もおじさま達も、この町で暮らし、働き、生きている人同士。亀の甲より何とやら。頼れる人生の先輩がたくさんいることは、この町で生きることを決める大きな要因となりました。親戚のおじさんが増えたみたいな気分。そういえば私が新米社会人だった頃の上司も、今頃は會所のおじさま達と同じ年齢なんだな。

 

そんなことを考えながら関わっている三國湊の町づくり。これからもっと面白い町にしていきたいと強く思います。一方で、町づくりの中心を担っているほとんどの人が私の親世代。私たちもそろそろ若い世代に目を向け、助ける側に回らねばと感じます。でも、まだまだ学ぶことがいっぱい。三國會所の皆様、これからもいろいろお世話になりますよ。

 

受賞おめでとうございました!

http://mikunikaisyo.org/yearbyyear/2764

 

 

店主  かなこ

移転しました

10月3日(月)、 ご近所に移転オープンいたしました。

旧店舗から徒歩100歩ほど。

三国湊きたまえ通り沿いにある町家の1階。

観光名所である旧岸名家や三國湊町家館のお向かいです。

 

今日で移転から10日が経ちました。

この町の町づくりに関わり始めて10余年。

この町で働くようになって5年。

住人となって3年。

ほんの少し移動しただけなのに、町の見え方がまるで変わりました。

 

朝、声をかけてくださる近所のおばあちゃん達。調子はどうだい、と気にかけてくださるボランティアガイドの皆さん。お世話になっている町づくりの方々。今までご挨拶程度の付き合いだった方々とも、おしゃべりに花が咲きます。初日は遠目から見ていた方も、ちょいちょい覗いてくださるようになりました。お年寄りの多い地域、人生のあれこれを話してくださったり、いろんな情報を囁いてくださったり(笑)。若い頃は煩わしかったお付き合いも、今は新鮮で面白いんです。そうやっているうちに、少しずつ、この町がどのように成り立っているのか見えてきました。

 

角度が変わると、あまりに違ってみえる。

それが「町」。

 

町づくり事業に、時には仕事として携ることもあるのですが、こうして実際に町の実践者になると、ハッとさせられることがあまりに多く驚きます。いい論文が書けそうなほど。そんな時間はないけれど。住人となった時もそうでしたが、いろんなことを考える機会となり、改めて「地域づくり」の奥深さを感じました。どんな人にも一人ひとりにこの町でのドラマがあり、人々の距離感が作り出す町のスタイルがある。町は、ここで暮らしを営む人々のもの。そんな当たり前のことに、心が温まる感覚です。

 

人々の営みを見つめるお店に

成長していけますように。

新しいお店をよろしくお願いします。

 

三本日和

店主